シンガポールは多民族国家と言われる。実際耳をすましてみると、英語、中国語が中心ではあるものの、様々な言語が街中で飛び交っているのが聞こえるし、標識にも中国語、英語、マレー語と複数の言語が表示されていることが多い。そして言葉が通じない外国人にも比較的寛容な人が多い印象がある。買い物などで一回で伝わらない場合でもちゃんと聞き返してくれる人が多い(勿論例外もあるが)。筆者が一度訪問したアメリカ、テキサス州ヒューストンでは、カタカナ英語に飼い慣らされた筆者の"ホットドック"の発音が全く通じず、店員の黒人に生ゴミでも見るような冷たい視線を向けられたことがある。大きな違いである。やや話が横道にそれたが、このようにシンガポールは言葉の通じない外国人に対しても比較的オープンであるように感じる(同じ多民族国家のアメリカがなぜシンガポールと違うかはここでは論じない[1])。しかしなぜシンガポールの人は外国人に対しても寛容なのだろうか。(詳細を忘れたが)前回はこのような課題について、シンガポールの道徳教育に注目したが、今回は外国人の中でも移民に対する政策に着目して、その歴史と現在の施策を軽く見ていこうと思う。
まずはじめに、シンガポールは移民に寛容な国である。ここシンガポールでは、低い税金や公用語が英語であること、そしてアジアのビジネスの拠点であることなどを理由に、これまでに多くの国の富裕層、知的エリートが移り住んできた。彼らの多くは企業や大学での要職に付きシンガポール経済発展に寄与するとともに、受け入れる側のシンガポールも、飛躍的な経済力を促進するために労働力が必要であった[2]。また富裕層の受け入れだけでなく、シンガポール人があまりやりたがらないとする工場労働などの肉体労働を行う発展途上国からの移民も積極的に受け入れており、依然華人が人口の7割近くを占めるものの、シンガポールは民族的多様性のある国家へと進展していった[2]。このように移民に対して寛容な姿勢を示し続けてきたシンガポールだが、2010年以降その様相は変化していく。ある程度経済規模が大きくなり、自国内で高い教育を受けた国民も増えた中で、全雇用者の4割近くを占める外国人労働者に対する自国民の就職率に不満が大きくなってきたことを背景に、シンガポールは徐々に移民の受け入れに消極的になっているのである[3]。とりわけ2020年のコロナ禍はシンガポール経済に深刻な影響を及ぼし、雇用状況の悪化に伴ってこの傾向は加速していった。以前は比較的簡単に取れたとされるPR(永住権)も審査が厳しくなっているとされ[4]、アカデミアにおいても外国人がテニュアを取ることが以前に比べて難しくなったという話も耳にする[5]。
このようにシンガポールにおける移民政策は近年変化しているが、それでもシンガポールが依然アジア経済の中心地であり、当地が多くの外国人・移民を惹きつける状況に当面変化はないだろうと思われる。また、外国人労働者に対する不満こそあれ、大規模な移民排斥運動もこれまで起こっていないことを考えると、諸外国に比べて比較的移民政策がうまくいっている方なのではないかとも思う(無論政府の統制があることも否めないが)。今後もシンガポールの移民政策について注意深く見ていきたい。
*米国発ドーナツチェーンのDUNKIN[6]。日本市場ではMister Donutに敗退したDUNKINだったが[7]、ここシンガポールでは隆盛を誇っている。ちなみにMister Donutはシンガポールにも展開しており、米国、日本では見られないDUNKINとMister Donutの感動的な共存を見ることができる(米国ではMister Donutが敗退しDUNKIN一強となっているため[8])。シンガポールはドーナツ一つとっても多様性(?)がある。
[1]日系移民の研究を主にやってこられた社会学者の白水繁彦先生の文献を拝読すると、マイノリティとしての日系人から見たアメリカの姿が垣間見える。
[2]Jessica Pan, Walter Theseira, Immigration in Singapore, Background paper to the World Development Report 2023: Migrants, Refugees, and Societies(2023)
[3]日本総研 選別色強まるシンガポールの外国人労働者受入策(2021)
[4]南洋理工大学在籍のインターナショナルの複数の学生との会話から。
[5]現地の指導教員(インド国籍)との会話から。
[6]かつてDUNKINはDUNKIN DONUTSという名前だったが、近年の健康志向の高まりから不健康なイメージのあるドーナツを社名から外した。
[7]横須賀米軍基地内ではDUNKINのドーナツを食べることができる。
[8]イリノイ州に一店舗のみ存在するらしい(https://maps.app.goo.gl/62YrC1NJoPk8qkZM7)。